佐用商店街 時代めぐる地図が完成!

佐用商店街の時代めぐる地図を昨年10月に制作しました。

この地図は、今から約55年前の佐用商店街を描いたものです。

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使われなくなった古い建物を見ると、「この建物の本来の役割は何だったんだろう」「昔はどれほどの人がここを行き交っていたんだろう」と考えたことはありませんか。

佐用商店街にも、そのような古い建物が今も残っていたり、取り壊されて跡形もなくなっていたりする場所があります。

そんな目に見えない歴史を知る鍵となるのは、そこに生きた人々の「記憶」です。

人の記憶を頼りに情報を集め、このたび佐用商店街の地図が完成しました。

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55年前の佐用商店街

かつて、この商店街には170軒以上のお店が軒を連ねており、パチンコ店や銭湯、劇場など、今ではあまり見かけなくなった建物も存在していました。現在、東京の砂町銀座商店街には約180店舗のお店が営業しているそうですが、かつての佐用町にも、それに匹敵する規模の商店街があったということになります。

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取材のお話し

地図を作る際、商店街の方々にたくさんお話を伺いました。中でも、竹田さん(タケダスポーツ店)、石原さん(珈琲館ローン)、山本さん(お食事処一平)、谷本さん(谷本弘輝堂)、横山さん(横山写真館)、平田さん(中和堂製菓)は、55年前から現在も営業を続けていらっしゃいます。

台風の水害で辛い目に遭いながらも「続けていこう」と決断できたのは、周りの励ましの声があったからだ、というお話も伺うことができました。

取材では、皆さん当時を懐かしんで、時には1時間以上もお話ししてくださることも。ご協力いただき、本当にありがとうございました。

昔の小話

ツルツル滑る道

当時のホルモン屋さんは水路でホルモンを洗っていたため、道路がツルツルと滑ったそうです。転んで怪我をした人もいるのだとか……。気を抜いて歩いていると危ないですね。


貸本屋

本をレンタルできる貸本屋さんがあり、そこでは漫画も置いてあり、子どもたちがよく利用していたそうです。

劇場の火事騒動

商店街には劇場が2軒あったそうですが、1軒は火事で焼失してしまったとのこと。延焼を防ぐために、近くの建物の窓から家財道具を投げたと聞いてびっくりしました。跡地にはマーケットが建設され、みんなに利用されていたそうです。

銭湯

狭い店舗兼住居には、お風呂がない家が多かったそうです。そのため、みんな商店街の中にある銭湯へ通っていました。みんなで入るお風呂は、きっと賑やかだったことでしょうね。

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この地図を作るにあたり欠かせない人物。絵本作家・こんよりこさん

こんさんは、今年の4月に佐用町へ移住された絵本作家です。過去に『おわカレー』という絵本を出版されており、大阪のアートスクールで絵の講師もされていました。

こんさんにこの企画をお伝えしたところ、快く引き受けてくださり、一緒にインタビュー取材に行って住民の方々のお話を聞きました。

マップは優しいタッチで描かれており、住民の皆さんの似顔絵や挿絵も入っています。何度も何度も、入稿ギリギリまで修正を重ねて完成させてくださいました。

こんさんがいなければ、この地図は完成しなかったと思います。こんさんには本当に感謝しかありません。ありがとうございました。

ちなみに、こんさんがデザインした不思議な女の子「めぐるちゃん」は、コバコのシャッターにも描かれています。めぐるちゃんにまつわる物語も、いつかご紹介したいなと思っています。

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これからの願い

この地図は、「兵庫県・佐用町姫新線駅周辺活性化モデル事業」の補助金を活用して作成しました。この補助金は、姫新線(播磨新宮駅〜上月駅間)の駅周辺に、人の流れや賑わいを生み出す活動に利用できるものです。

佐用駅から続く商店街は、閉店してシャッターが閉まっている場所が多くなっていますが、今も元気に営業を続けていらっしゃるお店もあります。

地図を片手にぜひお店を訪れ、当時のお話を聞いて懐かしんだり、昔の街並みを思い浮かべながら商店街をめぐる人が増えるといいなと思っています。

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この記事を書いた人:コバコてんちょう 神原麻里

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